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それでも、僕は追い求める。 メーカーはLiar-Soft ○腐り姫って? 簡単に言えばループものです。 電波的に言えば、回るぅ赤く回るぅぅ〜〜です。 センチメンタルに言えば、人は過ちを繰り返すのねです。 おわかり頂けましたか? わかりませんよね。では、あらすじを説明したいと思います。 父と妹・樹里の謎の死によるショックから記憶喪失となった主人公・五樹は、義母・芳野と義妹・潤と共に療養を兼ねて故郷「とうかんもり」へ帰ってきました。 そこで五樹は、死んだ妹そっくりの蔵女という深紅の着物を着た少女と出会います。 腐った果実の匂いがする蔵女は五樹に言います。 「また、逢うたな」と。 蔵女は一体何者なのか、五樹の過去に何があったのか、 四日目には赤い雪に覆われ、全てが腐りゆく世界を何度も繰り返し、何度も記憶を巡る中で やがて真実が明らかとなっていく……。 まあ、こんな感じです。 僕は結構ループものが好きなので、他にも色々なループ系の作品をプレイしているのですが、 いやもう本作はトップクラスです! というか、ぶっちゃけ他の作品が霞んで見えます。 なんと言っても同じテキストがありません。 よくあるループものなら、ループするごとに新しいテキストであったりシーンが追加されていく仕組みだと思うんですが、本作はところがどっこい違うんです。 まるっきり別物なんです。まるっきり新しいんです。 スタッフロールが流れるまで基本的に既読文章なんてありません。すごいです。 だから、ループしてるのにループしていない、続き物のお話のような印象さえ受けます。 それにテキストが素晴らしいんです。 変に気取ったり、バカみたいに小難しい漢字を並べることなんてありません。 読み易く、そのくせシーンの見せ方、盛り上げ方を熟知していて巧みなんです。 こんなことを言うと怒られそうなんですが、 僕は田中ロミオ・山田一氏や奈須きのこ氏やるーすぼーい氏などが書く文章をいまいち好きになれないんですよ。読んでてイラッとすることがあるんです。 なんでこんな酔った書き方するんだろう、気取った書き方するんだろうって。 けれども本作では、そんなことは全く感じませんでした。 すいすい読めちゃいます。そしてぐんぐん作品世界に引き寄せられちゃいます。 あ、僕のことを星空めてお信者だと思いましたね? その通りです。ごめんなさい。 ○キャラクターたち 腐り姫のキャラは立ちまくって、どのキャラも魅力的です。 伊勢なんてホントにうざいですもんねー(笑)個人的なことを言わせてもらえれば、僕はメガネっ娘が苦手なのでなおのことうざかったです。うわっ、石投げないでください。 けれども、彼女の立ち位置を考えれば仕方のないことです。納得です。背景ができている証拠ですね。 青磁も地味にいい味出してますね。主人公の幼馴染みのくせに、やけに出番の少ないキャラだなあって思っていたら、不覚にも彼のエンドで感動してしまいましたよ。畜生。 まあ、蔵女の完成度が高いのは言うまでもないです。 蔵女のようなポジションのキャラ、物語全体を引っ張っていく、あるいは作品全体を象徴するかのようなキャラクターは、どうしてもぼやけてしまいがちになるのですが、本作ではそんなことありません。しっかり地に足ついてます。立ってます。 時にはよくわからない世界に迷い込んだ僕らプレイヤーを導き、時には僕らを怪しく翻弄してくれます。憎いヤツです。大好きです。 そしてキャラが立つと言えば忘れてはいけないのが、樹里です。 もう立ちまくりです。あ、いや、性的な意味ではありませんよ。 とにかく彼女は、自分と実の兄である五樹との結びつきが何よりも重要で、それの妨げになるものはなんであれ排除していきます。 もはや鬼子です。容赦ありません。お兄ちゃん好き好き大好きなんです。 ですが、そこから狂気さや病的さは、全くとは言いませんがあまり感じません。 むしろ儚い、悲しいほどの純粋さを感じてしまいます。 美しいとさえ思います。 エンド「赤い婚礼」は、まさにその美しさを表していますよね。 こんなにも美しいシーンをプレイしたのは初めてでした。 ○素晴らしきストーリー 確かに終盤の展開には、急ぎすぎな面があります。 突然そんなことを言われても……となっても仕方がありません。 今までが丁寧ながらも大胆に、ヴィジュアルノベルとしての見せ方を余すとこなく発揮してきた分、粗はどうしても目立ってしまいます。 ですが、そんなことは些細な問題です。 この終盤の怒濤の展開は、本当に感動の嵐でした。 先に挙げた「赤い婚礼」はもちろん、母との別れ、そして蔵女とのエンド…… ぶっちゃけ僕は泣きました。 こんなにも美しく、悲しい話があっていいのかと。 なんて素晴らしいんだ。プレイできたよかった。感動をありがとう! もう絶賛ですよ。自分でも引くぐらい。 均整の取れた良作よりいびつな怪作に価値を見出す僕にとって、本作はまさにビンゴだったと思います。 展開も整合性もこの際放っておいても、それでも伝わってくる何か。 その力強さ、まさに傑作と呼ぶに相応しいと思います。 ここで少し副題の「euthanasia」について触れてみようと思います。 euthanasiaとは安楽死の意味なんだそうです。 このことを知ったとき、僕はなるほどと思いました。 苦しみと共に生きるか、苦しみからの救済を死に求めるか。 この命題が、作品の根底にあると思えたからです。 つまり赤い雪とは、安楽死の比喩なんですよ。 どのキャラも赤い雪となっていくとき、満たされた表情あるいは自己を縛る呪縛から解き放たれたような面持ちなのも、そのためなのではないでしょうか。伊勢は少しだけ違うんですが、まあ、概ね同じと言えるでしょう。 ふざけんな、そんなのただ単に逃げてるだけじゃないか! はい。仰りたいことはよくわかります。 けれども、その苦しみが大きければ大きいほど生きていくのは困難です。 そっくりそのまま脳死に置き換えて考えてみてください。 脳死の患者を寝たきりのまま体中にたくさん管をつけて生かし続けたいですか? いや、生かし続けることは正しいですか? 間違いですか? 一概には答えられませんよね。 「それでも生きてるんだから、このままでいいだろ」なんて無責任なことは言えません。 本作は、そういった「生きろ!」とか「逃げるな!」なんていう詭弁に対する疑問的眼差しが含まれているのかもしれません。青磁ルートでは、この問題が端的に表されていますしね。 また、最後の三択も興味深いですよね。 どの結末も感慨深いです。 ネタバレのため輪郭のみだけで説明しますと、その安楽死問題が突き出されて ・それでも生きる ・よし、死のう ・どちらでもない の三つを選ぶこととなるんです。どの結末ももの悲しく涙なしでは語れません。 一応「どちらでもない」がトゥルー・エンドとなっているのですが、僕はどの結末もトゥルー・エンドだと思っています。 未プレイの方は「どちらでもない」ってところに戸惑うかもしれませんが、これが一体何を意味するのかは実際にプレイして体験してください。衝撃の結末がきっとあなたを待っています。 ○絵とか音楽とか 本作の特徴として、立ち絵(バストアップ)が少ないということです。 主に動きの与えたキャラを背景にはめこんで、言わば漫画のような手法で状況を見せてくれます。 公式でも「カメラを意識した画面づくり」とありますが、まさにその通りだと思います。 この手法のおかげで、演出的にも優れたものとなったと言えるでしょう。 例えば、五樹と誰かが喋っていて、話が終わりその場を去ったとします。 すると誰もいないそこに、フッと蔵女が現れ、またフッと蔵女が去る。 こんな演出ができちゃうのです!というか、実際にしていました! 憎いです。憎い演出です。 また実際には居るはずのない樹里が、時折現れる演出なんかも素晴らしかったです。 誰も樹里には気づきません。実際に樹里がそこにいるのか、あるいは霊的な存在なのか、そんなのは全く説明されませんが(まあ、説明なんかして欲しくもないですが)、五樹が樹里に囚われている感じがとてもして素晴らしかったです。あ、これは五樹に限った話ではありませんね。 そうですねえ、ずいぶんとクセのある絵なのですが、 独特の怪しさがあって、作品と非常にマッチしていたと思います。 決して上手い絵ではないのですが、妙に惹かれる…そんな絵ですね。 そして音楽なのですが、これがまた素晴らしい!本当に素晴らしい!! 名曲が揃っています。 「樹里のテェマ」「夢のきざはし」「腐り姫の伝説」……いくらでも挙げられます。 どの曲も大いに作品を盛り上げる役割を担っています。 やはり音楽が雰囲気をつくるところがありますからね、まあ本作では十分すぎるぐらい満たしているので何も言うことはありません。 ○べた褒めだったな!! はい、その通りです。べた褒めでした。 それぐらい好きな作品なんです、許してください。 とにかく僕が言えることは、ぜひともプレイしてみてください。 興味を持ったのならすぐに買いに行ってください。 興味がなくても買ってください。 とにかくみなさんプレイしてください!すさまじくオススメですからー!! 評価 95点 ―以下、ネタバレ考察。プレイ済みの方は反転してください― トゥルーエンド「リフレイン」、みなさんはどう思いますか? 五樹と蔵女が、五樹の父と母だった。まあ、素直に考えればそうなります。リフレインですし。 けれども、僕にはどうしても同じ繰り返しだとは思えないんですよ。 転生した五樹と蔵女は、あの過酷な人生を送った五樹の父と母と全く同じ道を歩むとは思えないんですよね。二人は時を越え、世界を越え、記憶を全てなくして、あの始まりの場所へ辿り着きました。何もかもを越え、何もかもを捨て、あの場所へ辿り着いたのです。何が言いたいのかというと、同じ事を繰り返すという意味でのリフレインではなく、もう一度「始まる」という意味でのリフレインなのではないでしょうか。 確かに五樹の父と母は「捨て子」で、あの場所で拾われたと作中でも明言されていますし、蔵女が樹里と似ているのだって、蔵女が樹里の母だったのだから似ていて不合理はないと言えますし、また母が五樹の名をずっと呼んでいたのだって、母が「五樹を求める蔵女」だったことから説明がつきます。これらのことを踏まえるなら、また同じことが繰り返されると考えるのが妥当のように思われます。 ですが、そもそもあの世界がどんな世界なのか、理論上誰も知らないはずなのです。 未来は誰も知らない、知り得ないのです。なぜなら、未来はこれからつくられていくものだからです。これから始まっていくものだからです。 僕はこのことをあのトゥルーエンドから感じることができました。 だから、また違った物語が生まれていくような、そんな気がします。 もしも違う物語が二人によって始まっていくのなら、今度は幸せな物語が二人を待っているように祈るばかりです。 腐り姫
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